山怪
山怪という言葉を聞くと、どこか懐かしさとともに、得体の知れないものへの畏れが心に広がる。
山で遭遇する不思議な現象や、人々の記憶に残る奇妙な体験。
そうした話を聞くと、わたしはどうしても惹かれてしまう。
幼いころ、祖父が「山では絶対に振り返るな」と教えてくれた。
誰かに名前を呼ばれても、決して返事をしてはいけないとも。
理由を聞くと、祖父は少しだけ口元を緩めて、「まぁ、帰って来られなくなるかもしれんからな」とだけ言った。
あの頃はただのおとぎ話のように思っていたけれど、大人になった今でも、その言葉は不思議と胸に残っている。
山には、人の理屈が通じない世界があるのかもしれない。
たとえば、深い霧の中で道を見失った登山者が、気づけば元いた場所に戻っているという話。
あるいは、人気のない山道で誰かの足音が後をついてくるという体験談。
こうした話を聞くと、わたしの中の「見えないものを信じる心」がざわつくのを感じる。

特に興味を惹かれるのは、山の中にひそむ奇妙な生き物の話だ。
巨大な蛇や、普通の鹿とは異なる異様に大きな角を持った鹿。
そんな生き物が、まだ人目につかない場所でひっそりと生きているのではないか。
人間がすべてを知り尽くしているわけではないし、誰も足を踏み入れない森の奥に、未知の存在がいるとしても不思議ではない。
むしろ、そうあってほしいと思ってしまう。
そして、山の怪異といえば、やはり狐に化かされる話も外せない。
古くから伝わる狐の話には、どこかユーモラスなものも多い。
たとえば、ある猟師が美しい女性に誘われて夢のような一夜を過ごしたが、目覚めたら枯れたすすきの中で寝ていた、なんて話。
狐に化かされた人は気の毒に思うこともあるけれど、しあわせそうな化かされ方をしている人もいるようなので、わたしも一度は狐に化かされてみたい。
もちろん、ひどい目には遭いたくないけれど、ほんの少しの夢を見せてくれるくらいなら、悪くないかもしれない。
現実的に考えれば、山での不思議な体験の多くは、気のせいや心理的な影響によるものかもしれない。
夜の山は静かすぎて、わずかな音が異様に大きく聞こえるし、心細さが幻を見せることもあるだろう。
でも、それでもやっぱり、「山には何かがいるかもしれない」と思いたい。
すべてが科学で説明できるより、少しの謎が残っている方が、世界はずっと面白いのだから。
近いうちに、静かな山の中を歩きながら、そんなことを考えてみたいと思っている。
どこかで狐の嫁入りを見てしまわないかとワクワクしながら。








