東京都が水道料金の基本料を無料に
「東京都が水道料金の基本料を無料に」そんなニュースを見かけたのは、昼休みにカフェでひと息ついていたときでした。
水道料金の基本料が無料になるなんて、これまでなかったこと。
エアコンやシャワーの使用が増える夏の支援として、都内の家庭にとってはありがたい施策だなと思いました。
でも、そのニュースを読み進めていくうちに、少し引っかかる気持ちが残りました。
ここ最近、全国各地で水道管の破裂や漏水事故のニュースをよく目にします。
「老朽化した水道管の交換が追いついていない」「埋設から50年以上経過」――
そんな言葉に触れるたびに、水道という当たり前に使っているインフラが、実はとても繊細なバランスの上に成り立っているのだと気づかされます。
東京都も例外ではないはず・・・
都内でも多くの水道管が40年以上前に敷設されたものだといいます。
破裂や事故が起きてからの対応ではなく、未然に防ぐための維持管理こそが大切なのに――
基本料金が無償になることが、その予算を削る理由にはならないだろうかと、ふと心配になってしまいました。
いったん無償化されることが、後の水道料金の値上げにつながらないでしょうか。
便利で快適な生活を支えるには、見えない部分にこそ、きちんとお金が使われていてほしい。
もちろん、目の前の支援もありがたいし、負担が減るのは助かります。
けれど、この無償化の先にある“水道の未来”についても、きちんと議論されているのか、それが気になります。
普段はあまり意識しないけれど、蛇口をひねれば水が出る。それがどれだけ恵まれていることなのか。
今回の措置が一時的な救済ではなく、未来を見据えた“安心の土台作り”にもつながっていてくれたらいいな、と思います。

当たり前のように使っているものほど、大切にしたい。
それは人との関係にも、暮らしの中の道具にも、そして水道にも通じることなのかもしれません。









