2025年7月の予言について、わたしが感じたこと
最近、「2025年7月5日に地震が起きるかもしれない」という話題を耳にしました。
漫画家のたつき諒さんが描いた『私が見た未来 完全版』という作品に、“2025年7月にフィリピン海がボコンとなって津波が起きる”という夢の記録が描かれていたことがきっかけのようです。
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たつきさんはその夢を“予知”ではなく“見た夢のままを描いたもの”と語っていらっしゃるそうですが、SNSなどでは不安や疑問の声があがっているようです。
実際、今年の6月には鹿児島県のトカラ列島で群発地震が観測され、「もしかして関係があるのでは」と気にする方もいるのだとか。
こうした話を前にすると、つい気持ちがざわついてしまうこともあります。
ただ、本を読んだ限りでは「2025年7月」に「大災難」と書かれていたものの、「5日」に「地震」とまでは明言されていなかったような気がします。
「大災難」という点でいうと、来週以降届くといわれているトランプ大統領からの相互関税に関する書簡こそが、日本にとっての大災難になるのではないかと心配になってしまいます。

でも、予言の真偽を問うよりも、「わたしたちは自然災害に対してどんな備えができているのか」を考えることの方が、今のわたしには大切に思えます。
防災バッグを見直したり、水や食料、モバイルバッテリーを備えておくこと。
それだけでも少し気持ちが落ち着きますし、「いざというとき」の想像が現実的になります。
予言を信じるかどうかではなく、その言葉をどう受け止め、どう行動するかが問われている気がします。
わたしは、こうした話題が出てくるときこそ、自分の暮らしや家族、大切な人のことを静かに思い返すようにしています。
2025年7月が、いつもの月と変わらず穏やかに過ぎていってくれることを、心から願っています。
そして、どんな日常であっても、丁寧に過ごしていきたいとあらためて感じました。







