芥川賞、該当作なしという知らせに
2025年7月、第173回芥川賞が「該当作なし」と発表されたというニュースを見かけて、少し驚きました。
実際に読んでいなくても、あの賞が示すものは、いつもわたしの中に小さな波紋を残します。
ノミネートされていたのは4作品。
その中には、名前だけでも印象に残るようなタイトルもあって、それぞれがどんな言葉を紡いでいたのか、想像してしまいます。
でも、選考委員の方々が「心引かれるものはありつつも、何かが足りなかった」と話していたのを読み、文学にとっての「決定打」って何なのだろうと、ふと考え込んでしまいました。

そもそも、文学賞の価値って、受賞するかどうかだけではなく、選ばれたこと自体がすでにひとつの証明だったりしますよね。
でも、今回はその「証明」も見送られたわけで、候補者の方の気持ちを思うと胸が詰まります。
受賞作なしという決断に、落胆や疑問の声も出るかもしれません。
でも、これはきっと、いまの時代における文学の「問い」そのものなのかもしれないと、わたしは思いました。
「言葉」は日々あふれているけれど、その中で心をすくいあげる力のある文章を見つけるのは、やっぱりとても難しい。
文学が静かに火を灯すようなものであるなら、今はまだ薪が足りなかったのかもしれません。
そして次の回に、また誰かが火をともす。
そうしてわたしたちは、ページをめくり続けるんだろうなと思います。
わたしもいつか、そんな火に出会えたら。
そう思いながら、今日も静かな時間を過ごしています。











