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映画『国宝』と、言葉にならないものについて

「国宝」という言葉には、どこか近寄りがたい荘厳さがあります。

 

文化財や建築物だけでなく、人そのものに対して使われることもあるこの語をタイトルに掲げた映画が公開されました。

吉田修一さんの小説を原作とし、李相日監督が手がけた『国宝』です。

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主演は吉沢亮さん。

上方歌舞伎の家に引き取られ、芸の世界で生きる青年の物語だそうです。

舞台となるのは歌舞伎の世界。

血筋と才能、宿命のようなものに翻弄されながらも舞台に立ち続ける人々を描いた本作は、カンヌでもスタンディングオベーションを受けたそうです。

 

わたしはまだこの映画を観ていないのですが、発表当初からなぜか気になっていました。

タイトルもそうですが、「芸」というものに真っ直ぐ向き合う作品に触れると、背筋がすっと伸びるような感覚があります。

厳しい稽古の末に積み上げられたもの、日常から隔たった美の世界。

それは時に、人の生活や感情の生々しさすら飲み込んでしまうほどの強度を持っています。

 

歌舞伎に限らず、伝統芸能の世界には“言葉にならないもの”があると感じます。

誰かが舞台に立つということ、それを誰かが観るということ。

そこにあるのは記号や意味ではなく、身体と空気と、ある瞬間の気配です。

 

もしこの映画が、そのようなものを丁寧にすくい取っているとしたら——きっとスクリーン越しに「美しさとはなにか」を問い直す時間になるのだろうと思います。

少し勇気を出して、劇場に足を運んでみようかなと感じています。

 

ちなみに、映画『国宝』の公式サイトでは、主演の二人が1年半にわたって稽古を重ねた様子も紹介されています。

こうした裏側を知ると、表現の重みがよりリアルに伝わってきますね。

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Posted by なお